硫化水素が危険と言われる理由|許容濃度・事故例・現場での注意点
前回の記事では「硫化水素がどこで、なぜ発生するのか」を整理しました。
しかし、現場で本当に問題となるのは、硫化水素が“どれほど危険なのか”を正しく理解しているかどうかです。
硫化水素は、数十ppmでも嗅覚が麻痺し、気づかないうちに致死濃度へ達するという特性があります。実際、マンホールやピットでの事故の多くは、「臭わないから大丈夫」と誤解したことが原因です。
この記事では、硫化水素の危険性を①許容濃度(ppm)②人体影響③実際の事故例④作業時の注意点の4つの視点から、現場ですぐ活かせる形でまとめています。
👉 この記事でわかること
- 硫化水素が危険と言われる本当の理由(致死性・嗅覚麻痺・滞留性)
- ppm別の人体影響と、守るべき許容濃度の基準
- 過去の事故例から分かる、現場で必ず取るべき安全対策
硫化水素が危険とされる理由
致死性の高さ(数百ppmで即死レベル)
硫化水素は、わずか数百ppmで数呼吸以内に意識を失い、致死に至る極めて毒性の強いガスです。低濃度でも、目や喉への強い刺激、頭痛、吐き気などの症状を引き起こし、作業判断力を奪います。

嗅覚麻痺による「気づけない危険」

硫化水素は20〜30ppmを超えると「嗅覚疲労」により臭いを感じにくくなり、100ppmを超えると嗅神経が麻痺して完全に臭いがしなくなる特性があります。そのため、「臭いがする・しない」を安全の判断基準にすることは命取りになります。
空気より重く、低所に滞留しやすい
硫化水素は空気より重く、ピット・マンホール・槽内など低い空間に溜まりやすいガスです。
特に注意が必要なのが、汚泥や溜まり水を「かき混ぜた瞬間」です。硫化水素は水に溶けやすいため、静止状態では液中に潜んでいますが、足を踏み入れたり、ポンプを起動したりした物理的なショックで一気に空気中に放出(ストリッピング)され、数秒で致死濃度に達することがあります。
そのため、作業前のガス測定と換気は必須。「見えない・臭わないのに危険」が硫化水素最大のリスクです。

硫化水素の許容濃度と人体への影響(ppm別)
硫化水素は、濃度によって人体への影響が大きく変わります。
特に、嗅覚麻痺→高濃度→意識障害という流れは短時間で進むため、濃度区分を正しく理解しておくことが重要です。
濃度区分(ppm)ごとの症状まとめ
以下は、現場で目安として使われる代表的な濃度と症状です。
濃度 (ppm) | 基準値 | 状態・症状の目安 |
1 ppm | 【安全管理目標】 国際的な許容濃度(ACGIH)。ここを管理目安にするのが世界の主流。 | 【臭気の察知】 腐卵臭を感じる |
5 ppm | 【学会許容濃度】 日本産業衛生学会の推奨値。 | |
10 ppm | 【法的退避ライン】 酸素欠乏症等防止規則による上限。これを超えたら作業禁止。 | |
20-30 ppm | ー | 【嗅覚疲労】 臭いに慣れてしまい、ガスの存在に気づきにくくなる(※完全な麻痺ではないが危険)。 |
100 ppm | ー | 【嗅覚完全麻痺】 臭いが全くしなくなる。頭痛・吐き気・呼吸困難・目の損傷。短時間の作業でも危険 |
700 ppm~ | ー | 【ノックダウン】 ひと呼吸で意識を失い、呼吸停止・死亡に至る。 |
厚労省・ACGIHなどの基準値
硫化水素は、国内外で厳格な基準が定められています。現場安全の判断材料として必ず押さえておきたい指標です。
厚生労働省(日本)
- 法的な退避基準(酸素欠乏症等防止規則)10ppm
これを超えたら直ちに退避・作業中止が必要な「危険ライン」 - 安全管理上の目標基準(許容濃度)1 ppm(ACGIH米国産業衛生専門家会議)
現在の国際的な安全基準 - 安全管理上の目標基準(許容濃度)5ppm(日本産業衛生学会)
日本国内の学会推奨値
【現場でのポイント】
法令上の上限は10ppmですが、世界的には1ppmが実質的な安全基準となっています。検知器の警報もこの低い数値を目安に設定することが推奨されます。
ACGIH(米国)TLV(許容濃度)
- TWA(平均):1 ppm
- STEL(短時間暴露限界):5 ppm
世界的にも、硫化水素は「非常にリスクの高いガス」と位置づけられており、数ppmでも注意が必要であることが分かります。
過去の事故例から学ぶ教訓
硫化水素は、どの現場でも“起こり得る”事故として多数報告されています。ここでは、典型的な事故例とそこから見える教訓を整理します。
マンホール・下水管内での中毒事故
下水処理や管渠点検の現場では、硫化水素による中毒事故が頻発しています。多くのケースで共通しているのは、次のような状況です。
- 作業前の換気が不十分
- 蓋を開けた瞬間、溜まっていた硫化水素が急上昇
- 臭いがしないため危険に気づけない
特に、嗅覚麻痺により「臭わない=安全」と誤認し、避難が遅れるパターンが典型的です。監視員が巻き込まれる「二次災害」も多く、安全手順の徹底が求められています。

食品工場・汚泥処理での事故例

食品工場や汚泥処理施設でも、硫化水素による事故は発生しています。
- 高負荷排水の流入で嫌気化が急速に進む
- 夏場の温度上昇によりガス発生量が増える
- ピットや調整槽の滞留が長くなる
これらの要因が重なると、ピット開放時に一気に高濃度へ上昇することがあります。通常運転に見えても、条件が揃うと急激に危険化するのが硫化水素の特性です。
事故から見える「事前に防げたポイント」
多くの事故は、次の3つの対策で未然に防げた可能性があります。
- ガス測定の不足:測定せず作業を開始した、または測定位置が不適切。
- 換気不足:自然換気に頼り、強制換気を行っていなかった。
- 作業手順の不徹底:手順書の確認不足、監視員不在、保護具未着用。
いずれも「設備の故障」ではなく、運用上のミスや判断不足が原因です。だからこそ、適切な知識と手順の徹底が最大の予防策となります。

点検・試験・入槽作業で注意すべきポイント
硫化水素は、見える危険ではなく気づきにくい危険です。そのため、作業前・作業中・入槽時で守るべき手順を明確にしておくことが事故防止につながります。
作業前の必須チェック
作業前の対策が不十分だと、現場の危険性を正確に把握できません。最低限、以下の3つは必ず実施する必要があります。
- ガス濃度の測定
作業開始前に必ず測定し、「安全確認→開口」の順を徹底する。 - 換気の実施
自然換気では十分に排出されません。必要に応じて送風機などで強制換気を行う。 - 作業手順書の確認
直前確認が重要。特に入槽手順・緊急時対応を必ず再確認する。
入槽時の安全確保
入槽作業は、硫化水素事故が最も多い工程です。以下の対策は“必須項目”として扱う必要があります。
- 立ち入り前の強制換気
数分の換気では不十分な場合もあるため、十分な時間と風量を確保する。 - 監視員の配置
一人作業は厳禁。地上での監視員が安全確保と緊急対応に不可欠。 - 呼吸保護具の着用
濃度が不明・再上昇の可能性がある現場では、必ず適切な保護具を着用する。
作業中によく起きるトラブル例
硫化水素は、作業開始後に急上昇することがあり、事故の多くは「作業中」に発生します。
- 換気停止による再上昇
作業のために換気を止めた途端、濃度が上がるケースが多い。 - ポンプ停止による嫌気化
流れが止まると一気に硫化水素が発生しやすくなる。 - 蓋開放直後の高濃度ガス噴出
滞留していた硫化水素が一気に放出され、作業者が吸い込む事故が多発。

硫化水素リスクを減らす設備対策
硫化水素は、運転条件によって急激に発生量が変わるため、設備面での「予防策」をどれだけ整えられているかが安全確保のポイントになります。ここでは、多くの現場で効果が確認されている基本的な対策を紹介します。
換気・排気の強化
硫化水素は空気より重く、低所に溜まりやすいため、換気の質が重要です。
- 送風機による強制換気で滞留防止
- 空気流動の確保(デッドスペースの解消)
滞留を防ぐ運転管理
滞留が起こると、嫌気化が急速に進み硫化水素が発生しやすくなります。そのため、流れの停止を避けることが重要です
- 流量の平準化で急激な負荷変動を抑える
- ポンプの適正運転により長時間の停止を防止
- 汚泥堆積物の除去で発生源対策
曝気・酸素供給の導入
酸素が不足すると硫化水素が発生しやすいため、DOの維持が効果的な予防策となります。
- DO維持による嫌気化の抑制
- 撹拌機・ブロワの適正管理で槽内ムラをなくす
※注意:すでに硫化水素が発生している汚水に対して強力な曝気を行うと、液中のガスが空気中に放散され、周囲が高濃度になる危険があります。排気設備とセットで運用しましょう。
薬剤による発生抑制
設備だけで対応できない場合は、薬剤による化学的な抑制も選択肢になります。
- 酸化剤(次亜・過酸化水素)で硫化物を分解
- pH調整でガス化を抑制

まとめ:硫化水素のリスクは“正しい理解”と“事前対策”で大幅に減らせる
硫化水素は臭いで判断できず、短時間で致死濃度に達する非常に危険なガスです。しかし、多くの事故は「発生条件の理解→測定→換気→手順遵守」という基本対策で防ぐことができます。
本記事の重要ポイントは次の通りです。
- 数十ppmで嗅覚麻痺し、危険に気づけない
- 数百ppmで数呼吸以内に致死レベル
- 事故原因の多くは、測定不足・換気不足・手順の不徹底
- 設備対策(換気・曝気・滞留防止)が有効
硫化水素は“見えない危険”のため、「少し臭う」「槽の調子が悪い」など小さな変化が重要サインになります。早めの対策が事故を防ぎます。
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