硫化水素とは?発生原因・性質・現場でのリスクをわかりやすく解説
排水や下水に関わる現場では、日常的に耳にする「硫化水素」。
独特の腐卵臭がするガスとして知られていますが、実際には “ごく普通の運転条件の変化” で突然高濃度になることがあるため、どの現場でも注意が必要です。
最近も、マンホール内の作業中に硫化水素が発生し、作業員が倒れる事故が報じられました。特殊な現場ではなく、どこにでもある下水管の点検作業だったことから、 「自分の現場でも起き得る」と感じた方も多いのではないでしょうか。
硫化水素は、“なぜ発生するのか” を正しく理解するだけで、多くのリスクを事前に予測し、防ぐことができます。
この記事では、硫化水素の性質や発生しやすい場所、現場での危険性、そして今日からできる基本対策までを、専門知識がなくても分かるように解説します。
👉 この記事でわかること
- 硫化水素とは何か、その基本的な性質と危険性
- 下水・食品工場・ピットなど、発生しやすい場所と理由
- 中毒・腐食・悪臭など、現場で起こる具体的なリスク
- 今日から実践できる、硫化水素発生を防ぐ基本対策
硫化水素とは(定義・性質)
硫化水素(H₂S)は、有機物が分解する際に自然発生する有毒ガスで、下水・食品工場・汚泥処理など多くの水処理現場で見られます。腐卵臭が特徴ですが、濃度が高くなるほど臭いを感じなくなる嗅覚麻痺を起こすため、気づきにくい危険性があります。
硫化水素の基本的な性質
- 無色・腐卵臭を持つガス
見た目では分からず、低濃度では強い臭いがありますが、高濃度になるほど嗅覚が麻痺し「臭わないのに危険」な状態になります。 - 空気より重く滞留しやすい
空気の約1.2倍の重さがあり、マンホールやピットなど低い空間に溜まりやすい特徴があります。 - 嗅覚麻痺を引き起こす
硫化水素は 0.00041ppmの超低濃度から腐卵臭を感じますが、鼻がすぐ慣れて臭いを感じにくくなります。さらに 100ppmを超えると嗅覚が麻痺し、完全に臭いを感じなくなります。つまり、「臭わない=安全」ではありません。必ず検知器の数値を確認してください。
環境・設備への影響
- 金属・コンクリートを腐食
硫化水素が酸化してできる硫酸が金属やコンクリートを侵食し、設備の劣化を早めます。 - 排水設備の寿命を縮める
配管・散気管・ポンプ・マンホールなどが損傷しやすく、維持管理コストの増加につながります。発生を抑えることが設備保全の重要ポイントです。

どこで発生するのか(下水・食品工場・ピット・汚泥)
硫化水素は「特殊な環境でだけ発生するガス」ではなく、有機物が多く、酸素が不足しやすい場所であればどの現場でも起こり得ます。ここでは、特に発生しやすい代表的なポイントを整理します。
下水処理場での発生ポイント

下水処理場では、受入槽・ピット・汚泥ラインなど、汚れが集中しやすい場所で硫化水素が発生します。流速の低下や滞留が起きると嫌気化が進み、ガス濃度が一時的に高くなることがあります。
食品工場排水で発生するケース

食品工場は、残渣・脂肪・タンパク質などの有機物が多い排水が特徴で、嫌気化しやすい環境です。調整槽や排水ピットでの滞留により、硫化水素が急増する場合があります。
ピット・マンホールなどの密閉空間

硫化水素は空気より重いため、低い・狭い・換気が弱い空間に溜まりやすい特徴があります。マンホール開口直後に高濃度が検出されることもあり、入槽作業では特に注意が必要です。
汚泥処理工程での発生

濃縮汚泥や滞留時間の長い汚泥は嫌気化が進み、硫化水素を生成しやすくなります。汚泥貯留槽・脱水前後の工程では、ガスが一気に発生するケースもあります。
なぜ危険なのか(腐食・悪臭・中毒リスクの概要)
硫化水素は、臭いだけで判断できない「見えないリスク」を持つガスです。人体への毒性だけでなく、設備の腐食や周辺環境への影響など、多方面にトラブルを引き起こします。
人体へのリスク(硫化水素中毒)
硫化水素は低濃度でも目や喉を刺激し、高濃度になると意識障害や呼吸停止を引き起こす非常に危険なガスです。
10〜20ppm程度で嗅覚が麻痺し、臭いから危険を察知できなくなり、「臭わないのに高濃度」というケースが多くいです。高濃度(700ppm以上)の硫化水素を吸い込むと、「ノックダウン」と呼ばれる即時倒壊が起こります。苦しむ間もなく、一呼吸で意識を失い呼吸が停止するため、その場に倒れ込んでしまいます。この現象が、後から来た救助者も次々と巻き込む二次災害の主な原因です。

設備へのリスク(腐食)

硫化水素は空気中で酸化されると硫酸に変化し、金属やコンクリートを急速に腐食させます。排水管・散気管・汚泥槽・マンホール壁面などが劣化しやすく、放置すると設備の破損や漏水・漏えいにつながり、大きな補修コストが発生します。日常的な硫化水素の発生は、設備寿命を短くする隠れた原因にもなります。
周辺環境への影響
硫化水素の持つ強い悪臭は、周囲の作業環境を悪化させるだけでなく、近隣からの苦情につながる場合もあります。
悪臭が発生するということは、「嫌気化が進んでいる」「設備がうまく機能していない」といった運転上のサインでもあり、適切な対策を講じないと設備トラブルや中毒事故につながる可能性があります。

発生しやすい条件(温度・有機物量・嫌気化)
硫化水素は「特別なときだけ」発生するガスではなく、現場の運転条件が少し変わるだけで一気に増えることがあります。ここでは、特に発生しやすい3つの条件をわかりやすく整理します。
嫌気化しやすい状況
硫化水素の発生には、酸素不足(嫌気化)が最も大きく関わります。以下の条件が重なると、ガスが急増しやすくなります。
- DO(溶存酸素)の低下
- 撹拌不足による槽内のムラ
- 滞留時間の増加による腐敗の進行
特に、受入槽やピットなど流れが停滞しやすい場所では、数時間で状況が大きく変わる場合があります。
温度の影響
硫化水素は、気温が高いほど発生しやすいという特性があります。夏場は硫酸還元菌の活動が活発になり、有機物の分解が進むため、嫌気化とガス発生が同時に進みます。
同じ運転条件でも「夏だけ臭いが強い」「マンホール周りが危険」というのは、この温度要因が大きな理由です。
有機物量が多い場合
食品排水・汚泥・残渣など、有機物が多い環境では、微生物の分解が進みやすく、硫化水素が発生する土壌ができやすい状態になります。
- 食品工場排水
- 汚泥濃縮槽
- 残渣を含む調整槽
などは特にリスクが高く、滞留すると短時間でガス濃度が上がる可能性があります。
現場での基本的な対策(換気・曝気・滞留防止)
硫化水素の発生は、正しい運転管理と設備対策によって大幅に抑えることができます。ここでは、どの現場でも取り組みやすい基本対策をまとめます。
換気・ガス抜きの徹底
硫化水素は低い場所に溜まりやすいため、底に溜まった空気を吸い出す換気は最も基本的で効果的な安全対策です。
- 密閉空間(マンホール・ピット)を開放する前に必ずガス測定を行う
- 自然換気が難しい場所では、送風機などの強制換気を実施する
入槽作業の前後では、特に丁寧な換気が重要です。

適切な保護具の選定(防毒マスクの禁止)

高濃度の硫化水素が発生する恐れがある場所や、酸素濃度が不明な場所では、一般的な「防毒マスク」は使用してはいけません。吸収缶がすぐに破過したり、酸素欠乏に対応できなかったりするためです。必ずボンベを背負う「空気呼吸器」またはホースで空気を送る「送気マスク」を使用しましょう。
曝気・撹拌による酸素供給
槽内のDO(溶存酸素)を維持することで嫌気化を防ぎ、硫化水素の生成を抑えられます。
- 曝気量の調整
- 撹拌の強化による槽内ムラの解消
酸素が行きわたると、有機物の分解が健全な状態となり、ガス発生リスクが大幅に下がります。

滞留時間の管理

滞留が長くなるほど硫化水素は発生しやすくなります。流れを止めない工夫が重要です。
- 流量の平準化
- ポンプ運転の最適化(長時間の停止を避ける)
- 槽やピットの堆積物除去
「流れ続けている状態」をつくることが最も効果的です。
薬剤・設備による抑制策
発生が避けられない場合は、薬剤や前処理設備で硫化水素発生を抑えます。
- 酸化剤(次亜塩素酸、過酸化水素など)の投入
- 汚泥の前処理強化(固形物除去、撹拌改善)
現場の負荷に合わせて薬剤量を調整することで、効果的に硫化水素の発生を抑えられます。

まとめ:硫化水素リスクを防ぐために知っておきたい要点
硫化水素は、下水・食品工場・汚泥処理などあらゆる現場で自然発生しやすい有害ガスで、人体への強い毒性・設備腐食・悪臭といった多くのリスクをもたらします。発生には「嫌気化」「高温」「有機物の多さ」「滞留」などが関わり、特別な環境でなくても起き得る点が最大の注意ポイントです。
安全管理の基本は次の4つです。
- 換気とガス測定(数値を見て判断する)
- 曝気・撹拌で酸素を確保
- 滞留をなくす運転管理
- 薬剤・前処理による発生抑制
マンホールやピット内で作業員が倒れても、絶対に無防備で救助に入ってはいけません。「息を止めれば大丈夫」は命取りです。消防へ直ちに通報し、換気を続けながら空気呼吸器を持つ救助隊の到着を待ちましょう。
現場の状況により最適な対処法は異なります。「自社では何から始めるべきか?」と水処理に迷われた際は、セイスイ工業へお気軽にお問い合わせください。
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