「マイナス15度!冬季・究極の現場での水処理」
いつも水や土と格闘しているセイスイ工業社員。その毎日を現場の厳しさそのままのハードボイルド・タッチでまとめました。この記事は外部取材チームが現場担当者に取材して作成したものです。今回のテーマは、北海道での“凍った水処理”の奮闘記です。
凍った汚泥に途方に暮れて…
足には防寒長靴、手には分厚い作業手袋、体には防寒つなぎ。ヘルメットの上からフードを被る私を見れば、エスキモーも顔負けの冬支度である。
それでもしばれる……。
ここは北海道日高の襟裳岬に近い浦河港。冬は氷点下15度まで下がる。その港の岸壁で、私は固い凍土の「台座」を踏みしめた。汚泥と砂を入れた何百ものフレキシブルコンテナバッグ(フレコン)がまるで土俵のように台座になっているのだ。詰めた汚泥が凍って、踏んでもびくともせず、スコップでもピッケルでも割れない。これらを一体どうやって処理したらいいのか。
話は2011年東日本大震災に遡る。津波で港は水没、浦河港内に汚泥が溜まり、そこにヒ素や水銀など有害物質も含まれていた。我々は町役場の要請を受け、港内に沈積した汚泥のヘドロ処理を請け負うことになった。そして、町役場に呼ばれ、契約後にこう言われた。
「この冬から始めてください」
冬に……?それは想定外の話だった。だが既に関係各所の段取りが進んでいるのでやるしかない。我々は早速、遠心分離機、振動ふるい機、水処理タンクやホースなど資材を搬入した。
まず「氷の台座」崩しだ。バックホーの爪で凍った汚泥を削る。手強い。薄いシャーベット汚泥が剥がれるだけだ。他に方法はないのか?考えを巡らせる。電熱器でも溶かせるが、それでは冬中かかってしまう。何しろ我々は1時間に100m3もの処理作業を請け負っているのだから……。さらに、氷点下の気温が作業を困難なものにしていた。
凍った汚泥は鍋底の焦げのように剥がしにくい。少しずつ剥がして溶かし、汚泥と水に分離させる。だが溜めた水がタンク内で凍ってしまう。一晩で分厚い氷に、数日で氷塊になる。これでは流せない。我々は水処理屋であって氷屋ではないのだ。公共事業とは実に「お固い」ものだ!とフードの中で叫んだ。
途方に暮れた私は、凍土の台座に仁王立ちして、サーモボトルのキャップを開けた。朝入れたブラックコーヒーはもう冷めているだろうか。喉に流し込むとまだ熱い。ホッとした。
「何かアイデアはないものか……」
港の海上にはヘドロ汚水を送水する船が待機していた。処理作業開始を待っているのだ。だがフレコンの汚泥が片付かないと送水汚泥処理には着手できない。成果の乏しい中、10日が過ぎた。
海は凍らない!
その日も雪混じりの天候だった。私は何口目かのブラックコーヒーをボトルから飲んだ。海を眺めていると、吹雪がやんで薄明かりが差した。波間に光が見えて、波音が聞こえてきた。その時、閃いた。
「海は生きている!海は凍っていない!」
海水を使えばいい。温かい海水を汲み上げて、凍った汚泥と混ぜれば汚泥は溶けだすはずだ。
早速ポンプで海水を汲み上げた。汚泥が溶けた。それをふるい機にかけてゴミと砂と汚水に分離し、汚水は遠心分離機にかけて有害物質の脱水固体と、放水可能な水に分けた。水はタンクに溜める。そこにも海水を入れて小型ポンプを24時間回せば、夜間でも凍結せずに放流ができる。これでいける。脱水した固体は現場内で不溶化処理をして、重金属を閉じ込めた上で搬出した。
フレコン処理は解決し、港内で手持ち無沙汰に浮かんでいた作業船も作業を開始した。
「しかし、ずいぶんな持ち出しだ……」
出費がかさんで利益は薄氷のように薄かった。だがこの汚泥処理は冬・夏・冬・夏・冬と5回に分けて実施するので、2度目は夏季ゆえに得意の水処理で利益が出せた。さらに2度目の冬は学習効果が働いた。海水を導水するホースはたわんだままにしておくと、中に水が残る。その水が氷点下になると凍って流せない。ホース内の海水を凍らせないためにどうすればいいのか?
「答えはサーモボトルにあった」
ボトルの中のコーヒーは温かいので凍らない。飲み終えてしまえば凍ることもない。ホースの中も同じだ。
ホース内の水が自然に流れてなくなるように、タンクからタンクへとわたすホースに、勾配をつけた。それを支える丈夫な足場も組んだ。この工夫でホースの氷点下問題も解決だ。ブラックコーヒーもアイデア次第で甘い汁になる。いや、そこまで儲かってはいないが……
こうして浦河港の数10万m3の水処理作業は軌道に乗った。私には港を散歩する余裕も生まれた。岸壁を歩くと東日本大震災の爪痕があった。津波による海水の浸水跡だ。津波が引くと建物の残骸や汚泥が残った。それを除くためにまた海水を陸に引き入れたとは、皮肉なものである。いや、こうも言い換えられる。
「海には、自ら浄化し再生する力が宿る」
海や大地など地球環境はまだまだ可能性を秘めている。その「水の力」を引き出し、現場で活かすのが、セイスイ工業の仕事なのだ。