第7回「セイスイの大規模処理は地球を救う!」
いつも水や土と格闘しているセイスイ工業社員。その毎日を現場の厳しさそのままのハードボイルド・タッチでまとめました。
この記事は取材チームが実際の事例をベースにドラマチックに脚色・作成したものです。
第7回のテーマは、北海道の美しい海での“大規模汚泥処理”です。
海は広く、処理もでっかい
「人のあご」のシルエットをもつ野付半島が、10km先の海を区切っていた。あごの内側にあたる野付湾にはアマモが茂り、シマエビが棲み、カラフトマスが泳ぐ。干潟には渡り鳥が飛来する。呼吸をしている海だ。
私は北海道の東の果て、野付(のつけ)湾にある尾岱沼(おだいとう)漁港にいた。“海のルビー”と言われる北海シマエビで有名な海は浅底だ。人の体に血栓ができ、結石が溜まるように、長年かけてゴミや土砂のヘドロが堆積し、漁船の出入りの障害になっていた。
「浚渫船*注1(しゅんせつせん)はあのあたりに定置させます」と現場で説明するのは漁港の漁業組合の漁労長である。
浚渫船から海底に延ばしたカッターで湾に溜まったヘドロを切り、吸引して管で運ぶ。
昭和の時代まで浚渫汚泥は、埋め立てや囲いの中に放って天日乾燥し、滲み出る水はそのまま流していたと言う。しかし、現代ではそうはいかない。環境保全第一。この生きている海のために、私は頭の中で処理プロセスを組み立てた。
高濃度汚泥の減容化と分離脱水、それにリサイクルを組み合わせよう。
ヘドロをまず振動ふるいにかけて貝殻、砂とゴミを除去し、次工程で遠心分離機で脱水汚泥と水に分ける。水は薬剤を加えて清浄化し放流する。脱水汚泥を濃縮して脱水しする。後に残る固形物は「脱水ケーキ」と呼ばれ、路盤材に活用すれば廃棄物量を90%以上削減できる。このプランは我々のノウハウの結集だと自画自賛していると、問題に気づいた。
「海は広いな、大きいなとはいうが……」
時間当たり800㎥が送り込まれてくるとんでもない汚泥の量だ。さてどうしたものかと考えあぐねる私をよそに、漁労長は澄ました顔で言った。
「莫大な量ですが、セイスイさんならできると聞きました」
私の口はとっさにこう答えていた。
「この量の処理は日本広しといえども、うちにしかできません」
頭では計算をしていた。遠心分離機は9台必要だ。泥水受け槽、薬剤反応槽、沈殿槽などの用途のタンクは直径8m、高さ12mの組立式円形タンクで4基。さらに薬品と水道水の溶解槽は…。
「海の下の力持ち」の真髄を見せてやろうじゃないか。 そして資材搬入の日がきた。
五年通って任務を完了
「おい、邪魔だ!荷が出せないじゃないか!」
叫び声は港内で水産物を運ぶトラックの運転手である。漁師たちも遠巻きにこちらを伺っている。仮設プラントの資材搬入時から我々は邪魔者扱いだ。無理もない。他所者な上に、円形タンクひとつの部材運搬で15トン車5台。遠心分離機や処理槽や管の搬入で港の仕事を邪魔しているのだから。
全速力で仮設プラントを組み立てているものの、作業は4月から8月までに限られる。漁の都合でヘドロ処理は初夏から夏場の5ヶ月に限定。しかもプラントは5年の工期の間、毎年組立てては解体する。毎年の予算が決める公共事業ゆえに。
「一気にやれば期間もコストも半減できるのに…」
私は釈然としなかった。
さて、プラントは完成し、運用開始である。浚渫船からヘドロが排砂管で送られる。見る間にタンクは満杯になる。我々のプラントは人間の消化活動のように、ヘドロを飲み込み、水とリサイクル材料と廃棄物を出した。
プラントを3か月稼動させることで、総水処理量360,000㎥、有機性汚泥52,000㎥を処理し、廃棄物量を1/16まで削減、処理費用も大幅に削減した。減容率94%達成だ。
港の漁労長があいさつにきて、労いの言葉をかけてくれた後、私の思いを察したようにこう言った。
「公共事業は無駄が多いと思われるかもしれませんが、社会全体を見れば必ずしもそうではありません」
5期に分ければ運搬業も工事業者も廃棄物処理業者も、毎年仕事が請け負える。安定収入となり雇用も維持できると言う。私は抗弁した。
「しかし工期やコスト削減、解決法の発見や工法開発にかけてきた私の価値観とはどこか合わないのです」
漁労長は微笑みを返した。
「それはもちろん大切です。ただ、どんな仕事も社会の中ですることですから」
その時は漁労長のこの謎めいた言葉がわからなかった。その意味を理解したのは共に釣りをした時だ。
地球の生命維持活動を助ける
プラントが軌道に乗り、後を任せて私が引き上げる前日、漁労長が港の岸壁での釣りに誘った。漁労長はルアーをつけた釣り糸を垂らして言った。
「素っ気ないフリをしてあいつらほんとうは感謝しているんだ」あいつらとは漁師達のことだ。
「海の底を綺麗にしないと魚も獲れなくなるからね」
私の竿に手応えがあった。釣れたのはサンダルだった。
「面目ありません……」
「海は生きているから、不純物をこうして吐き出します」
漁労長は静かに笑った。
「海もまた社会の一部です。漁も、港の運営も、水産物販売も、港の環境保全も、すべて社会の部分です。部分は部分としてがんばるだけでなく、全体のなかでがんばるのです」
漁労長が何を言いたいのかわかってきた。自分達だけでなく社会を意識せよと言うのだ。
本当はいっぺんで済ませたい処理も五年通うことで見えてくるものもある。
そして我々の大規模処理は、社会の“詰まりや汚れ”を治して、地球の生命維持活動を助けながら、経済も支援しているのだ。
漁労長の竿がピクリと動いた。釣れたのはカラフトマス。
しばらくすると漁を終えた漁船達が帰ってきた。
岸壁の我々を見て汽笛を鳴らした。彼らなりのセイスイへの感謝だったかもしれない。
注1 : 浚渫船(しゅんせつせん)とは、港湾・河川・運河などの底面を浚(さら)って土砂などを取り去る土木工事作業用の船舶のこと。