点検の先で止まる下水道修繕――71.3%が経験した「未着手・先送り」と、求められる修繕実行力
~点検後も修繕に進めない「修繕ギャップ」、意思決定では「仮設水処理の検討」が43.5%で最多~

排水・汚泥処理の専門企業であるセイスイ工業株式会社(本社:千葉県千葉市若葉区、代表取締役:井本謙一)は、仮設水処理プラントのレンタル事業を通じて全国2,650件超の現場を支援してきた知見と、2026年の4月と6月に自治体職員を対象に実施した2つの独自調査をもとに、下水道管路の点検後に生じる「修繕ギャップ」と、その解消に向けた方策を整理した提言レポートを公開しました。
八潮市の道路陥没事故を契機に全国特別重点調査が進み、改正下水道法では診断基準の法制化や維持管理状況の公表、計画的な改築などが盛り込まれるなど、下水道管理は「異常を見つける」だけでなく、「見つかったリスクにどう対応するか」がより重要になっています。一方、当社調査からは、要修繕判定後の未着手・先送りや、優先順位付け、予算確保、工事中の排水処理など、修繕の実行段階に複数の課題があることが明らかになりました。本レポートでは、これらの調査結果と国の政策動向を踏まえ、「点検する力」から「修繕を実行する力」へ転換するために、自治体が平時から整えるべき4つの取り組みを提言します。
👉 この記事でわかること
- 改正下水道法や全国特別重点調査を受け、下水道管理で「点検後の対応」が重要になっている背景
- 自治体調査から見えた、要修繕判定後の未着手・先送りなど「修繕ギャップ」の実態
- 修繕実行を阻む「優先順位・工事中の排水処理・実行リソース」の課題と、修繕を前に進めるための対策
目次
改正下水道法で変わる、「点検後」の自治体責任
2025年1月に発生した埼玉県八潮市の道路陥没事故を契機に、下水道管路の維持管理は大きな転換点を迎えています。事故後には全国規模の調査が実施され、2026年7月には下水道法等の改正法が公布されました。
政策の焦点は、異常を「見つける」ことにとどまりません。点検・診断によって把握したリスクを、優先順位付け、修繕・改築へどうつなげるかが、これまで以上に重要になっています。
八潮市の道路陥没事故を契機に進んだ制度見直し
2025年1月28日、埼玉県八潮市で下水道管の破損に起因する大規模な道路陥没事故が発生しました。これを受け、国土交通省は大規模な下水道管路を対象に「全国特別重点調査」を実施しました。
2026年2月末時点では、対象5,332kmのうち5,121kmで目視調査を実施。調査結果が判明した4,692kmのうち、748kmが対策を必要とする区間と判定されました。このうち201kmは原則1年以内、547kmは応急措置を行ったうえで5年以内の対策が必要とされています。

参考データ【全国特別重点調査の結果】
項目 | 結果 |
|---|---|
調査対象 | 5,332km |
目視調査を実施 | 5,121km |
調査結果が判明 | 4,692km |
対策が必要 | 748km(約16%)※ |
└ 緊急度Ⅰ | 201km |
└ 緊急度Ⅱ | 547km |
※「約16%」は、対策が必要な748km ÷ 調査結果が判明した4,692kmで算出。緊急度Ⅰは1年以内、緊急度Ⅱは5年以内に対策が必要とされています
診断基準の法制化と維持管理状況の公表へ
こうした状況を受け、2026年7月23日に「下水道法等の一部を改正する法律」が公布されました。
改正法では、下水道施設の安全性を評価する診断基準を法制化し、診断結果など維持管理の状況を公表する仕組みを導入。さらに、点検・修繕・改築を行いやすい構造とすることや、計画的な改築、自治体間の連携強化なども盛り込まれています。
制度の焦点は、「点検を実施したか」だけではなく、点検・診断で見つかったリスクに、その後どう対応するかへ広がりつつあります。
老朽管の増加で「見つけた後」の対応がより重要に
今後は、対応すべき管路そのものも急速に増える見込みです。
国土交通省によると、全国約50万kmの下水道管路のうち、標準耐用年数50年を超えた管路は現在約4万km、全体の約7%です。これが10年後には約11万km・22%、20年後には約23万km・45%まで増加すると見込まれています。
一方、令和5年度の下水道管路の更新実績は672km、管路更新率は0.13%でした。

「見つける」仕組みは整いつつある
八潮市の道路陥没事故を受け、全国では下水道管路の点検・調査が進められてきました。自治体への独自調査と国の全国特別重点調査の双方からも、異常箇所を「見つける」フェーズが着実に進んでいることがうかがえます。一方、点検が進むほど、次に問われるのは、判明したリスクをどのように優先順位付けし、補修・更新へつなげるかです。
全国特別重点調査は「完了・実施中」が72.1%
セイスイ工業が2026年3月30日〜4月3日、下水道の更新・改築に関連する業務に携わる自治体職員104名を対象に実施した調査では、「調査が完了し、結果の分析も終わっている」が16.3%、「調査が完了し、現在結果を分析している」が32.7%、「調査を実施中」が23.1%でした。これらを合わせると、72.1%が全国特別重点調査を完了、または実施中と回答しています。

政策の焦点は「点検」から「対策の実行」へ

点検・調査が進むことで、「どこに問題があるか」は以前より明らかになりつつあります。しかし、異常を見つけることと、実際に修繕できることは同じではありません。
これから重要になるのは、判明した箇所について、どこから優先して対応するのか、必要な予算をどう確保するのか、工法や工事中の排水処理をどう決めるのかという「点検後」の実行です。
次章では、点検で要修繕と判断されたにもかかわらず、工事着手まで進まない「修繕ギャップ」の実態を見ていきます。
点検後に生じる「修繕ギャップ」
点検・調査によって要対策箇所が明らかになっても、それが直ちに修繕工事へつながるとは限りません。セイスイ工業が2026年に実施した2つの自治体調査からは、「見つける」段階と「実際に直す」段階の間に、予算や計画策定をはじめとする停滞が生じていることが見えてきました。
本レポートでは、点検で要対策箇所を把握してから、予算化、優先順位付け、工法・排水処理計画、発注、施工へ移るまでに生じる停滞を「修繕ギャップ」と捉えます。
71.3%が「要修繕」判定後の未着手・先送りを経験
2026年6月の調査では、点検で「要修繕」と判定されたにもかかわらず、修繕に着手できなかった、または大幅に先送りした経験について、「頻繁にある」が21.3%、「時々ある」が50.0%でした。合わせて71.3%が、要修繕判定後の未着手・先送りを経験しています。

必要予算の7割未満しか確保できない層が53.7%
修繕を実行するうえで大きな制約となるのが予算です。同調査では、点検・予防修繕に必要と考える年間予算に対し、「50~70%未満」が38.9%、「30~50%未満」が8.3%、「30%未満」が6.5%でした。
合計すると、53.7%が必要額の7割未満しか確保できていないと回答しています。要修繕箇所を把握できても、必要な予算を確保できなければ、優先順位を付けながら修繕を先送りせざるを得ない状況が生じます。
調査完了後も「補修・更新計画策定済み」は35.3%
2026年4月の調査でも、全国特別重点調査を完了した51名のうち、具体的な補修・更新計画を「策定済み」としたのは35.3%でした。52.9%は「計画策定に着手しているが、まだ確定していない」と回答しています。
点検を進めるだけでは、老朽化対策は完了しません。点検結果を、優先順位付け・予算確保・施工計画へと切れ目なくつなぎ、実際の修繕まで進められる仕組みをどう構築するかが、次の課題となっています。

「直せない」のはなぜか――修繕実行を阻む3つのボトルネック
点検後に修繕が進まない背景には、単一の原因ではなく、「どこから直すか」「工事中の下水をどう処理するか」「誰が実行するか」という複数の課題があります。
2つの自治体調査を横断すると、修繕実行を阻むボトルネックは、①優先順位の決定、②工事中の排水処理、③自治体の実行リソースの3点に整理できます。

ボトルネック1|何から直すか決められない
2026年4月調査では、補修・更新への移行が進まない理由として、「対策箇所の優先順位付けが難しい」52.0%が最多でした。
6月調査でも、「予算確保が難しい」52.8%、「人手不足」50.9%、「陥没リスクの診断や修繕の優先順位付けが難しい」48.1%が上位に挙がっています。
点検によって異常が見つかっても、限られた予算・人員のなかで「どこから、なぜ直すのか」を決められなければ、修繕には移れません。緊急度や事故リスク、社会への影響などを踏まえた優先順位付けが、修繕実行の第一関門となっています。


ボトルネック2|下水を止めずに修繕する方法が決まらない
下水道特有の課題が、工事中も流れ続ける下水をどう処理するかです。
6月調査では、予防修繕の意思決定で時間を要する工程として、「仮設水処理(バイパス等)の工法・業者の検討」が43.5%で最多となり、「予算化・議会への説明資料の作成」39.8%、「修繕工法の選定」38.0%を上回りました。
4月調査でも、補修・更新が進まない理由として「工事中の排水処理の代替手段が確保できていない」44.0%が挙げられています。
修繕工法だけを決めても工事は始められません。「工事中の下水をどこへ流し、どのように処理するか」まで含めて修繕計画を組み立てる必要があります。


ボトルネック3|自治体単独のリソースだけでは回らない
6月調査で、「下水を止められない・迂回できない」ことで実際に問題を経験した88名に尋ねたところ、34.1%が「自前のリソースだけでは限界がある」と回答しました。
改正下水道法でも、都道府県による広域連携推進計画の制度や、管理者間の協議によって点検・修繕・改築を他自治体が代行できる制度が盛り込まれています。
今後は自治体内部だけですべてを完結させるのではなく、他自治体や都道府県、施工・設計事業者、排水処理の専門事業者など、外部リソースを前提とした修繕実行体制を平時から構築することが重要になります。

「点検する力」から「修繕を実行する力」へ
点検・診断の強化によって、下水道のリスクを「見つける」仕組みは整いつつあります。一方、調査からは、優先順位の決定、予算確保、工事中の排水処理、実行リソースなど、点検結果を実際の修繕へつなげる段階に複数のボトルネックがあることが分かりました。
セイスイ工業では、改正下水道法によって維持管理・改築が強化される今後、自治体には「点検する力」だけでなく、限られた予算・人員のなかで修繕を実行する力を高めることが必要だと考え、次の4つの取り組みを提言します。

提言① 「修繕ギャップ」を可視化し、優先順位の共通基準をつくる
まず、点検結果から修繕までの進捗を自治体内部で可視化することが必要です。要修繕判定件数、未着手件数、先送り期間、緊急度、住民・交通・環境への影響、必要予算などを一元的に把握し、「なぜこの箇所を先に直すのか」を説明できる共通の判断軸を整備することを提言します。
例えば、管路の危険度だけではなく、事故発生時の社会的影響や修繕の実現可能性まで含め、「危険度 × 社会影響 × 修繕可能性」のような共通指標で優先順位を整理することで、予算化や議会・住民への説明にもつなげやすくなります。
提言② 仮設水処理の検討を「工事ごとのゼロスタート」にしない
修繕工事では、工法そのものだけでなく、工事中も流れ続ける下水をどう処理するかを決める必要があります。2026年6月調査では、予防修繕の意思決定で時間を要する工程として「仮設水処理(バイパス等)の工法・業者の検討」が43.5%で最多でした。
セイスイ工業では、仮設水処理を工事のたびに一から検討するのではなく、想定排水量や水質、設置場所、電源、配管、搬入経路、概算費用、対応可能事業者などを修繕計画の段階から事前に整理しておくことを提言します。
「修繕工法」と「工事中の排水処理計画」をセットで検討する。これにより、修繕着手までの判断リードタイムを短縮できる可能性があります。
提言③④ 官民・広域連携を前提に「修繕実行体制」をつくる
自治体職員の減少や専門人材不足が進むなか、すべての点検・設計・修繕・排水処理を自治体単独で担い続けることには限界があります。改正下水道法でも、都道府県による複数の下水道管理者の連携を推進する計画制度や、管理者間の協議により点検・修繕・改築を他自治体が代行できる制度が創設されました。
今後は、都道府県・他自治体に加え、修繕事業者、設計事業者、仮設水処理事業者、運転管理事業者などについて、「どの段階で、誰に、何を依頼するか」を平時から整理しておくことが重要です。
外部委託先についても、2026年4月調査では「処理能力・スペック」49.0%、「緊急時の迅速対応」40.4%、「工事期間中の運転管理まで一括対応」35.6%が選定基準の上位でした。価格だけではなく、処理能力、緊急対応力、運転管理、実績などを含む“外部パートナー選定のものさし”をあらかじめ持つことを提言します。
点検制度を強化するだけでは、下水道の老朽化問題は解決しません。必要なのは、点検で見つかったリスクを、優先順位付け、予算化、排水処理計画、発注、施工まで切れ目なくつなぐことです。「点検する力」から「修繕を実行する力」へ。 今後の下水道マネジメントでは、その実行体制まで平時から設計しておくことが重要になります。

井本 謙一
セイスイ工業株式会社 代表取締役水処理業界に長年携わり、仮設水処理設備の提案・運用支援・現場対応を統括。浄水場、下水処理場、工場排水処理、汚泥処理など幅広い案件に関わる。本記事では技術内容および業界情報の監修を担当。
創立 水処理専門企業
達成 豊富な現場経験
代表就任 業績好調



